カテゴリ:コラム( 45 )

高知県西部に「大岐の浜」という綺麗な海岸があります。

b0195924_1442361.jpg


浜と海の綺麗さはもちろん、防風林となっている森の亜熱帯なジャングル、周辺の山々、そして極端に少ない人、といくつもの奇跡が集まりできたのが今の「大岐の浜」です。

過去には大手鉄道会社が大岐を巨大なリゾートタウンにする計画が持ち上がりましたが地域住民の反対などでこの計画は中止になりました。

そして数年前、防潮・防風林となっている森の中にある「黒松」が松食い虫の被害に遭い、このままでは黒松が全て枯れてしまうので立ち枯れしている被害木を切り倒し、これ以上の被害を食い止めようと土佐清水市は土佐清水市森林組合に「松食い虫による被害木の伐採」を依頼しました。
しかし、市と森林組合の「勘違い」で林の東南部分の大木は皆切り倒されました。
土佐清水市は土佐清水市森林組合に伐採を依頼しただけで現場確認の刷り合わせもなく、「勘違い」で大切な森が一ヶ月間切り続けられ、裸にされたんです。
今も森は少し残りそれなりに綺麗で重厚感もありますが、昔を知る者は誰も今の状態を「綺麗な森」とは言いません。いや、言えません。

大岐の防風林誤伐採 環境省許可なし 土佐清水市

を読んでみて下さい。

私はこの時、西土佐村の森林組合で働いていましたので噂を聞きつけ現場へ見に行きました。
経緯を聞きに市役所へも行きましたが、返答や対応はみなさんの想像通りでした・・・。


私は月に5回は高知市から、西土佐から、土佐清水へ釣りで通っていましたし、行ったときは毎回大岐の浜へ立ち寄ってきました。県外から友達が遊びに来ると四万十川は通るだけで大岐の浜へ連れて行き、秋~冬は数えきれないほどキャンプをしてきました。


そんな大岐の浜のすぐ横で今度はメガソーラー施設建設が計画され、地主は土地を20年貸す契約に捺印し、このままでは10月には工事が着工されます。

土佐清水市はすでに市内の緑ヶ丘にメガソーラー施設を建設し、雨が降ると大量の泥水が湾に流れ込んでいるのを横目で見ながら大岐のメガソーラー施設にもGOサインを出しました。


高知県土佐清水市緑が丘のメガソーラーの為に削られた山から泥が海に流出

をご覧下さい。

私は実際にこの目で見たかったので行ってきましたが、土佐清水の緑ヶ丘の施設の入り口で見たものは想像通りのものでした。


b0195924_1614664.jpg


b0195924_1633636.jpg


b0195924_1652532.jpg


b0195924_16121849.jpg



この赤い泥が水路の終着点=海に流れ、湾内の底はこの赤土が蓄積され、比重の重い泥は永遠に湾内に残ります。これの何十倍もの規模のモノが大岐の横に建設されると、大岐の浜はどうなるんでしょうか?

地元の方々が集まり

土佐清水の豊かな自然を未来につなぐ会

が結成され、反対署名運動を行なっています。
是非ご協力お願い致します。
こちらのページからネット署名も可能です。

土佐清水の豊かな自然を未来につなぐ会のfacebook

”私たちは、メガソーラーそのものを反対しているわけではありません。
美しい海に面する自然林の大規模な伐採による海への悪影響を危惧しての署名活動です。”

とありますが、私も同じ思い・気持ちです。
いつまで使えるか分からないパネルのために何千何万年とそこのある自然を削らなくてもいいんです。一度壊した自然は戻ってきません、大岐の黒松のように。

”党派・思想・団体・個人の枠を超え、お金では買うことができない、昔から受け継がれてきた自分たちが守るべきもの、後世に残さなければならないものを今の時代を生きる私たちが手を取り合い一緒に守っていくべきではないでしょうか。”


TAGO-MAGOの店頭でも明日7月21日まで署名用紙を置いてますので、お店関係なく署名だけでもご来店お待ちしてます。お友達や家族にも声をかけて頂き、一人ひとりの気持ちでしかもう止められないと思います。宜しくお願い致します。

**
高知新聞に

「予定地を所有する企業の社長が地元説明会を開き、混乱を招いたことを住民らに謝罪した上で、経済産業省に提出した事業への同意書を撤回する方針を示した。地権者として経産省に提出しているメガソーラー設備認定への同意書を今週中に取り下げると表明。「来週日曜日(28日)に経過を報告したい」と話した」

という記事が掲載され、もう撤回して工事中止なんじゃないの?と多くの方に聞かれますが、方針は示したようですが実際に中止になったとの説明は一切ありません。

法的には何の問題も無く進む計画に捺印をして「やっぱり止めました」は通用しないのではないでしょうか。



一人ひとりの気持ちで動かすしかないと思いますので、署名お願い致します。


この浜を、海を、残しましょうよ、子供達に!


b0195924_17382771.jpg



b0195924_17404872.jpg



(帰りに窪川で見たソーラーパネル群です。この何十倍もの規模が大岐の山を削って作られるんです…)

b0195924_17433486.jpg

[PR]
by unsane001jp | 2015-07-20 17:49 | コラム | Comments(0)

明けましておめでとうございます!
本年も宜しくお願い致します。

洋服作りを頑張るのはもちろんですが、もっともっと多様な表現で可能性を増やしたいと思います。
多様性は可能性です。その多様性を生み出すための努力と行動を確実に進めて行きます。

個人的なことでは今年も大切なことを一つ一つ積み重ね、小さな喜びを集めて大きな充実を作って行きたいと思います。
いいことばかりありませんし、ツライことや悲しいこともありますが笑顔が笑顔を作る連鎖を忘れずポジティブに突き進みたいです。


明日死ぬように生きよ。
永遠に生きるかのように学べ。

そんな一年にします!

TAGO-MAGO facebook
(facebookは登録なしでどなたでも見ることができます!)




本日のBGMはこれ!

「Chet Baker」



十代の頃から聴き続けていますが最近は聴くと泣きそうになります(笑
歳を重ねると涙もろくなりますね。
[PR]
by unsane001jp | 2015-01-04 01:03 | コラム | Comments(0)

因果応報

先日、高知市内を流れる神田川沿いを朝8時半頃自転車で走り、あることを思い出しました・・・

18年ほど前、ニュージーランドから高知に帰ってきて浦戸湾に流れ込む川を全て釣り歩いてスズキが釣れるポイントを開拓していました。その日は夕方から神田川を歩いて遡っていきました。すると夕方18時頃から神田川の水が劇的に汚れ始め、夜になると水は乳白色に染まり、水面には泡が浮き、残飯と洗剤と泥のニオイが乱れ、気分が悪くなりました。

私は釣りを止め、川に流れ込む排水溝~用水路~建物から流れ出す排水まで汚水を追いかけて乳白色の原因が工場や巨大な施設などではなく家庭から垂れ流される家庭汚水であり、その家から炊事や入浴の音を聞き取り、高知の下水事情について興味を持ちました。東京で暮らしていた頃は家庭排水が目に見えるようなことはあまり無く、地方を旅していると時々垂れ流しの下水を目にしていましたが高知は至る所で家庭排水が側溝に流れる光景があり下水道処理普及率は確実に低いと予想しました。
この一ヶ月ぐらい後に市役所や水道局に行って高知の下水処理の実情を調べました。

最新のデーターはこれです。

下水道処理人口普及率 平成26年3月31日現在

東京の下水処理普及率99.4%に対し高知は35.4%。
この35.4%以外は台所や風呂場からそのまま川と海へ汚水が流れているのではないでしょうか。

もっと細かく調べると。

全国市町村別 下水道処理人口普及率一覧(H25年度末)

高知県34市町村の内、下水処理しているのは僅か15市町村。


高知の水の綺麗さは努力ではなく自然が濃厚なだけ、ただの偶然なんです。四万十川流域の下水率も以前何かで見ましたが酷いものでした。浄化槽や汚水処理施設でどのように、どれぐらい、汚水がキレイになっているのかは分かりませんが、自分の使った食器を洗った水、洗濯水、お風呂からそんな施設へ行く行かないの問題ではなく、自宅から出る汚水をなるべく減らすことが大事だと思い、この頃から石鹸や洗剤を自然分解のものにしたり、髪用品、歯磨き粉、化粧品、などもなるべく自分にも自然にもダメージが少ないものに変えて行きました。同時期に縫い子が体調を崩したことも、もう一つのキッカケになりました。
ダメージの弱い洗剤や石鹸に気を使うことだけではなく、お皿に付着した汚れを紙で拭いたりゴムベラで落としてから洗い、水と洗剤・石鹸の使用量を少なくしたり、溜め水で洗ったりしています。そんなことを意識して暮らすことを18年続けてきて、あれがいい、これはダメとか少しずつ自分達なりの答え(自己満足)が出てきました。

最初はTVコマーシャルに出てくるような洗剤を5分の1に薄めて使ったり、歯磨き粉を朝だけ使ったり、汚れたお皿を古紙で拭いたり、浸け置き洗いしたりしてきました。これだけでも全然違うと思います。
自然や人に対してダメージの少ない商品は100円200円で買える物は少なく、中には量販品の10倍なんて高価なものもありますがアウトレットやセールの情報に365日アンテナを張り巡らせていますし、外国から情報を集めたりして少しでも安価でいいモノを買えるように日々努力しています。
高価モノは必然的に意識して使うようになり、それにリンクして自然に対しても意識するようになったことも多く、お金が関係することで真剣さが増し、別の意味での人間の本性やエゴについて考えさせられたことも沢山あります。

私は自然や地球のために生きていませんし、自分のエゴと矛盾と挫折の言い訳を日々探して、何がいいとかダメとか人それぞれ考えが違うでしょうし、本当に自然のためを思うのであれば人間が500年前の暮らしに戻るか絶滅した方がいいとも感じます。でもそれは実際できません。

私は魚釣り、川遊び、カニ捕り、カヤック、サーフィンなど水に関するアウトドアを物心ついた頃からしてきました。政治家よりも水を側に置いて暮らしている私のような者こそ真っ先に自然に対する行いを良くしないと自分の生き方の辻褄が合わないとも思います。海外でも沢山の自然に触れて自然の偉大さとデリケートさを多く感じて来たので、あんな神田川を目にして無関心では居られません。水を汚すことに加担している事実に目を背けることをせず、自分なりにベストだと思うことを一つ一つ進め、次世代にも鏡川でハゼ釣りをして天ぷらにして食べてもらいたいですし、シジミも掘って食べてもらいたいです。
自分の台所や風呂から出る水が今晩食べたサバの干物にも、ウエスタンサモアの抜けるように綺麗な海にも、イエローストーンの空の雲にも、繋がっているんだと思って水道の蛇口を回し、洗濯機を回し、身体を洗うことで選択が変わったことも沢山ありました。

全ては繋がり関係性があり、常に他の要素によって存在し、他との関係性を持たないものなど存在しないんですよね。
自分達だけではなく次世代に何を残せるのかを考えて暮らしたいと思い、私は私のモラルで行動しています。

因果応報。
行ないは全て自分達に戻ってきます。

b0195924_02893.jpg



TAGO-MAGO Facebook





本日はこれ!

「 Banff Mountain Film Festival」



こんな遊びを経験したら自然を少しでも良い状態で残したいとイヤでも思うのではないでしょうか?。
強くて大きく深い体験、経験、感動が次なる行動を起こすのだと思います。
[PR]
by unsane001jp | 2014-10-14 00:55 | コラム | Comments(0)

河の中の暮らし

現在の高知市の市街地は300年ほど前まで、ほとんどが海だったようです。

「高知」はもともと河中(河内)と書いて「こうち」だったようで、読んで字のごとく「河の中」「河の内」に町(城)があり、洪水被害が多く縁起が悪いので「高智」「高地」となり「高知」になったと高知史の本で読んだ記憶があります。

今、私が暮らしている市街地の大半は海で、山間部を除く陸地といえば大島(五台山)、田辺島、葛島、比島、洞ヶ島、竹島、玉島の7つ。すべてが島で船で往来をしていたんだとか。
「津」と言うのは「港」を意味し、東に大津、中央部に中津、西に小津という港があり、そこが港町だったようです。中津は今はありませんが今の「愛宕山」にあった地名だそうです。


高知はお城を挟んで久万川、江の口川、鏡川と3つの川があり、お城の回りで水害があまりにも多かったので山ノ内家が河川の護岸を進め、その流れが現代まで続き鏡ダムや河川の護岸工事の結果、今の高知市内ができました。

普段はダムで水をコントロールし、川をコンクリートで固めて水の流出を人間の手でコントロールしながら生活していますが、自然界の現象や地球の変化が人間の想定以上になった場合、私たちの生活や想いなど関係なく300年前の「河中」へと瞬時に戻ります。

b0195924_15135843.jpg


(水位よりも町の方が断然低いのが分かると思います)

b0195924_1517063.jpg


(この堤防の約10m下に土佐道路が走ってます)

私は今ある生活の上に胡坐を掻いて環境破壊だ地球温暖化だとヒステリックに言うつもりはありませんし、人類が滅びようと存在しようと地球は常に変わり続けて行きます。ダム建設反対とか護岸工事で自然を壊すなと言うレベルでもなく、高知市民はそんな人工的に作られた自然環境の中に「町」や「暮らし」を築き、根拠のない「安全」を信じて暮らしているだけで、その生活や安全が絶対でも当たり前でもないと認識して暮らすべきだと私は思っています。

想定外の雨が降っただけで私たちの「日常の暮らし」は崩壊します。
護岸されたコンクリートが割れただけで亡くなる命もあります。
太陽がクシャミをしただけで地球の生命体は居なくなります。
これが現実なんだと意識しながら暮らしたいと思います。

今週はまだ降りそうですし、下には超大型の台風が九州・四国方面へと接近しています。
高知のみなさん、十二分に用心してください!




本日のBGMはこれ!

「TOM WAITS」



こんなご機嫌な曲を聴きながらなんとか雨を乗り切りたいですね。

しかし、マークリーボのギターはいつ聴いても神憑ってる。
この録音時はまだ20代前半だったはず。

素敵すぎる~
[PR]
by unsane001jp | 2014-08-04 15:12 | コラム | Comments(2)

久しぶりにコラムを書きたいと思いますが、内容がちょっと重いです。

数年前に大好きな作家・吉村昭氏が亡くなりました。
吉村昭氏は徹底した取材と史実の綿密な調査に基づいて書くことで有名な作家でノンフィクションを書くための取材では江戸時代のある土地の特定年月日の天気までも旅商人の日記から割り出すほどの徹底ぶりだったらしく、東京・三鷹に暮らしながらも長崎への訪問だけで100回を超えている現場至上主義の作家です。

作品数も多く、ノンフィクションもフィクションもエッセーもこなす多才の作家ですが、物語の着眼点や内容のどこかに「影」や「寂しさ」を感じる作風が多く、同時に不器用に生きる人間への最大限の愛情を私は吉村作品から感じ取っています。

「破獄」  「熊嵐」  「漂流」  「鯨の絵巻」

などは絶句する内容と文章力です。


作品で「命」や「人生」、その人の生き方などをテーマにすることも多いんですが、そんな吉村さん自身の最期は自身の書く小説の主人公のようでした。


* 新聞より抜粋

 昨年1月、舌がんであることが判明。今年になり膵臓への転移も見つかり、全摘手術を受けた。「お見舞いなどで関係者に迷惑がかかる」と公表を拒み、周囲には「肺炎」「糖尿病」など病名をごまかし続けた。

 体調がいい日には書斎にこもり、遺作「死顔」の推敲(すいこう)を繰り返した。幕末医師佐藤泰然が、高額の薬を拒み、死を選ぶ姿が描かれている。遺言にも、「延命治療はしない」と記していた。意識は最期まで、あったという。

 先月10日、病状が悪化。入院し治療に望んだが好転せず、帰宅を望んだ。24日退院。井の頭公園から聞こえてくるヒグラシの声に喜んだ。「家にいたからこそ、自分の死を決することができた」と津村さん。

 吉村さんは7月31日、東京都三鷹市にある自宅で息を引き取った。津村さんによると、前日の30日、点滴の管と、首の静脈に埋め込まれた薬剤などを注入するためのカテーテルポートを自ら引き抜き、看病していた長女に「死ぬよ」と宣言。看護師にも「もういいです」と告げたという。息を引き取ったのは、その数時間後だった。

「自分の死を決めたことは、彼にとって良かったのかもしれません。でも私は、目の前で自決する姿を看取った。あまりに勝手な人…」

 東京・日暮里のホテルで、あいさつに立った妻の津村さんは、こう嗚咽した。

**


吉村さんの勝手も家族に対しての「愛」、奥さんと娘さんの気持ちも「愛」、と私は感じます。

私の人生もとっくに折り返しているので「命」についてもう一歩踏み込んで考えてもいい頃かなぁ。
と思う今日この頃です。






本日はこれ!

「山野井泰史」



開高健、植村直己、星野道夫、関野吉晴、吉村昭、などの生き方や考え方にずっと憧れてきました。
この山野井さんの想いの強さ、気持ちの継続、純粋な探究心、作為のない生き方など多大な影響を受けて来ました。素晴らしい生き方だと思います。

いつか山野井さんのことをコラムで熱く書きますね。
[PR]
by unsane001jp | 2014-07-03 23:58 | コラム | Comments(0)

好きなモノ

TAGO-MAGOは2人で洋服を作って販売している小さなガレージメーカーです。

自分達もまったくもって想定外なんですが(笑)ひょんなことから実店舗を持つことになり、それなら洋服だけではなく自分達が普段使っていてお客さんに「どこで買ったんですか?」と聞かれるモノや、仕入れや旅先で出会った素敵なモノが仕入れられるなら身近な友人・知人やお客さまに紹介して、気に入ってもらってその人が喜んでくれたらいいなぁ…という軽い気持ちで好きなモノを仕入れて販売しようと思っています。
TAGO-MAGOの洋服に合うと思った帽子やサンダル、ファッション小物などを仕入れていますが、先日は洋服に関係ない「食器」を仕入れてきました。

「お皿や雑貨も販売するんですね」

とお客さまに言われましたが、ニュアンス的には食器や雑貨を販売したいなんて気持ちはなく、TAGO-MAGOの2人が「いいなぁ」と思ったものと出会い、それらのモノが仕入れられるなら何でも取り扱ってゆきたいです。逆に言えば販売用に何かを探すことはしませんし、出会いと巡り合わせで好きなモノに出会えなかったら自分達が作った洋服以外は販売しないつもりでいます。

正直、TAGO-MAGOの2人は食器や雑貨、インテリア用品や家具などに興味がありません。
そんな私達がなぜお皿を仕入れたのかと言うと、たまたま見かけたお皿を珍しく2人で「いいなぁ」と思ったからでした。絵柄や質感はもちろん好きなんですが、決して上手いとは言えない手書きの「味」にとても温かみを感じました。そしてそのお皿が自分達が買える・買ってもいいなぁと思える値段であり、自分達の食卓にあったら温かくて楽しいなと思えると感じたからでした。
お皿に全くと言っていいほど興味はありませんが「いいなぁ」と思ったモノが今回はたまたまお皿だった、という感じです(笑


TAGO-MAGOは自分達が着たいと思える洋服意外は作っていませんし、お店で取り扱うモノも自分達が持ちたい・使いたいと思えないものは仕入れません。ジャンルやカテゴリーじゃなく自分達の感性に引っかかった

「良いと思ったモノ」

のみをジャンルレスに取り扱って行きたいと思います!





本日のBGMはこれ!


「 john zorn 」



オーネットコールマンとナパームデスを同じように愛し、jazzとHardcore punkをクロスオーバーさせたjohn zornの活動の中では比較的分かりやすい(笑)ジャズアプローチユニット「MASADA」のライブ映像です。

素晴らしい!以外の言葉が見つかりません。
[PR]
by unsane001jp | 2014-04-29 15:12 | コラム | Comments(0)

選択

少し前に「選択の化学」という本を読みました。

経済心理学に属する本ですが、内容は哲学的でもあります。
著者が話しているこの動画を見てもらうとどのような本なのか分かりやすいかもしれません。

興味を持った方は是非この本を読んでみてください。



そして先日観た映画で

「お前の選択はずっと前に終わっている。今はその選択の結果を受け入れるしかない」

という台詞がありました。




それ以来、モヤモヤと自分の選択について考えています・・・(笑


人の人生は選択で決まる部分が殆どだと思います。
右に行くか左へ行くか、前か後ろか、yesかnoか、変えるか変えないか、やるかやらないか、続けるか止めるか。何かを選ぶ際、自分の意向の反対へ強制的に連れて行かれたわけではなく必ず選択の機会を与えられ自分が自分の意思で道を選んでいると思います。

その選んだ道はどんなことがあっても二度と同じ場所・分岐点に戻ることはできません。
いまの事実や現実は遥か昔に自分が選択した結果であり、選択のチャンスは既に終わり、今は選んだ道を受け入れて進むしかないのではないでしょうか。

だとしたら今できることを考えると「未来のための選択」しかないと私は思います。
過去の選択からさまざまなことを学び、その経験から緊張感や危機感を持って選択することが今の自分にできる責任でもあるのではないでしょうか。

「まぁえいか・・・」

「こんなもんかなぁ・・・」

「しょうがないか・・・」

と思うことが簡単で楽ですが、それも選択であり、その結果も必ず自分の人生に染み渡ってゆきます。
でも、そんな選択の結果に納得も自信も持てないと私は思います。
そんな緊張感と危機感が今を生きている私達に不足しているのではないでしょうか。


過去と現在と未来のすべてが存在しているのは

「今」

だけだと思います。


未来に光を!




**


本日のBGMはこれ!

「Smile」



Nat King Cole のSmileです。
チャップリンの動画もいいですね。

笑顔は笑顔を生みます!
[PR]
by unsane001jp | 2013-11-28 08:52 | コラム | Comments(2)

前向きに、前のめりに

少し前にオーガニックマーケットの冊子「土曜市だより」に何か書いて欲しいとスタッフの方に依頼されました。
畏まったことは書けないし何を書いていいのか分からないので最初はお断りしましたが、このブログに書いているようなことでいいと言われたので引き受けることにしました。

こんなことを書きました。





「気持ちよく暮らしたい」

私は自分の気持ちよいことを積み重ねながら暮らしたいと思っています。安全で美味しいものを食べる、自然豊かな森を歩く、人との繋がりに感動する、お気に入りの服を着て出かける、映画や画を観て感動する、湯船に浸かって大きく息を吐く、旅をする、同じ価値観の人と話をする…。
感動したことや気持ち良いことは自分だけではなく家族や友人にも体験して欲しいと思いますし、家族・友人だけではなく多くの人に気持ち良くなってもらい笑顔になって欲しいとも思います。そうすることで世の中にも気持ち良い風がふくと私は信じています。

しかし、日々の暮らしの中でつらいことや悲しいことも沢山あります。そんなときはそのつらさや悲しみ以上の気持ち良いことを自分で作るように心がけています。
それと、一つの事実を四方八方から考えるようにしています。

「10しかない」 「10もある」

10という事実も「10しかない」と思ってしまうと寂しく感じますが「10もある」と思えると、それは幸せに繋がるのではないでしょうか。豊かさも幸せも節度の中にあると思います。

2013年も原発、TPP、デフレ、増税、環境破壊…など問題は山積みですが、政治などに左右されず自分の手と足と知恵を使って一生懸命生きて往きたいと思います。

TAGO-MAGO


**

負けちゃダメなんですよね。
イヤ、負けるときもあるけど気持ちは負けちゃダメだし最後は負けちゃいけないんです。
たとえ倒れるときが来たとしても前のめりで倒れたいな、と。



「明日世界が滅びるとしても、今日あなたはリンゴの木を植える」 開高健



***

本日のBGMはこれ!

「Brian Eno & Laraaji」




Brian Enoが関わったアンビエント作品は多分50枚近くあると思いますが、いつかは全てコンプリートしたいと思っています。
[PR]
by unsane001jp | 2013-07-15 23:53 | コラム | Comments(0)

鬼の怒り 天の涙 

ものすごい雷雨の音に目が覚めました(汗

秋は「鬼の季節」と言われていたようですが、これから秋にかけて台風、竜巻、大雨、強風、落雷と自然からの力を感じることの多い季節ですね。



雷雨といえば…

四万十川中流域で田舎暮らしをしていた10年間は夏から秋の大雨には何度も泣かされました。一度は山が崩れ隣の家が流され、私が住んでいた集落は大きな被害を受け新聞の一面に掲載されたことがあります。周辺は停電で真っ暗、外は今まで経験したことのない大雨、雷が20m先の電信柱や隣の家を直撃、道路は水と土砂で寸断され、家の裏から鉄砲水…と身動きが取れない状態でした。事前に非難用具をすべて揃えていましたが、雷が目の前に落ちているのに外へ逃げるのはリスクが大きすぎます。裏山からの鉄砲水を分散するために土嚢と板で水の流れを変えたり、家への浸水を防ぐために水の通り道をツルハシで掘ったりする作業に追われていました。縫いこは震える犬を抱いて非常用品と空っぽの通帳を入れたバックを背負い「危ないから家の中に入って!」と叫びながら泣いてました(笑)
平野部では雷も雨も西から東へと通り過ぎて行きますが、山間部では低い雨雲は溜まりやすく一度山の斜面に停滞すると移動しませんので何時間も雷雨は続き、次第に勢いを増してゆきます。


山で雷雨といえば、こんな経験も…


雨と落雷の規模は上記ほどではなかったですが、長野県の北アルプスと九州の九重連山を一人で縦走していたときにも猛烈な雷雨に遭遇しました。この時は雷が近くに落ち始めたときは死を覚悟しました。

北アルプスでは稜線に出た瞬間、前の尾根を雷雲が越えてきたのが解かったので急いで引き返して高度を下げましたが、荷物を置いて全速力で逃げている自分の後ろで雷が木に落ちた瞬間SF映画の主人公になった気分になりました(笑

九重ではテントを張って寝ているときに襲われました。
映画「トワイライトゾーン」のように遠くで鳴っていた雷がだんだん近づき、テント越しに見る雷の閃光はホラー映画そのもので、クライマックスでは置いていた水筒が地響きで倒れました(笑)このときは逃げようがなかったので真剣に死を覚悟しました。


長年アウトドアを趣味にしてきたので他にも新潟県魚野川でテントごとを流され、ハワイの公園のフェンスにテントを縛り付けて台風の中寝たことや、トンガの漁師小屋に滞在していたときに巨大な台風に直撃されたことや、沖ノ島の小さな磯に渡船で渡してもらい釣りをしていると沖から雷が迫ってきたり…と雨と雷でも結構冷や汗を掻いてきました。



街中でも落雷はありますし、高知はもともと水害の町であり、河谷の平地、川に囲まれた平地、川と湖の間にできた土地の意味から「川内」「河内」だったのを山内家が城を築く際に‘げんかつぎ‘で「高地」にして、後に「高知」になったという話を聞いたことがあります。
高知では10数年前に大津一帯が水没した豪雨がありましたが、あの日の朝4時に大橋通りは腰まで水がありました。毎年のように「観測史上最大雨量」とか「こんなこと初めてや」という話を聞きますよね。自然は変化してゆくものですので、津波や地震だけでなく雨や落雷などからも何があってもおかしくないという危機感をもっと日常に持ち込むべきだと思う、今日この頃です。





b0195924_1129462.jpg


(2012 8月 高知県柏島)



自然は常に人間の想像以上です。
[PR]
by unsane001jp | 2012-08-22 11:42 | コラム | Comments(0)

上を目指す

b0195924_1972372.jpg


(2012 5月 寒風山)


昨日、大飯原発再稼働についてかなり長文のコラムを書いて投稿寸前に間違って消してしまいましたが、今思うと過激で攻撃的な内容になっていたので消えて良かったのかなぁ…と思ったりしています。

どうしようか迷いましたが少しだけ書きたいと思います…


政府は

「福島事故を教訓に想定すべきとされる地震、津波が襲っても、原子炉の安全を確保するために必要な対策は確保できている」

と発表しました。
これを読んだとき「諦め」「驚き」「怒り」「悲しみ」以上に私は「寒気」を感じました。これが日本の現実なんだと、なにか踏ん切りのような気持ちも生まれました。
この国は負のスパイラル・負の連鎖にどっぷりはまって抜け出せなくなっていると思いますし、希望的観測で物事を進める体制でしか動けなくなっているのだと改めて痛感しています。

「○○であってほしい」 「○○だといいなぁ」

という願望が

「○○なんだ」 「○○になった」

と思い込むことで自分の心のわだかまりや緊張を解して楽になろうとするのではないでしょうか。
そんな人は皆さんの身近にも沢山居ると思いますし、人間は多少なりともそうやって心の負担を軽減することでバランスを取っている部分があるのは理解できますが、これが政治や社会を動かすとなるとあまりにも安易で短絡的すぎます。ましてや原発となると私達だけの問題ではなく孫や未来を潰すことになりますし、日本やアジアだけではなく世界規模、地球規模の問題になります。(もうすでになっていますが…)

もう自分達で何かを始めるしかないし、友人や仲間達と少しでもいい風を作って一つ一つを積み重ねるしか道はない気がします。健康管理をして体の免疫力を上げることや、少しでもリスクのない暮らしを目指すことや、楽しみや喜びを自ら作って笑顔を増やすとか、そんな精神論から発生する何かポジティブな行動や人生哲学・思想が必要なのではないかと思います。

自分達で、上へ。







本日はこれです。

「医師 肥田舜太郎」



私が「ぶらぶら病」を知ったのは新宿のアンチノックというライブハウスの楽屋で鋲だらけの革ジャンを着た青いモヒカン刈りのギターリストに貰ったミニコミ誌でした。
(平和ボケした政治家よりも社会の歪みに問題提起をするパンクスの方が意識は高いんです、昔から)
反戦・反原発の特集の記事の中に「ぶらぶら病」についての話があり、衝撃を受けながら読みました。このミニコミ誌で肥田舜太郎さんと広瀬隆さんのことを知り、すぐに広瀬さんの著書「東京に原発を!」 「ジョン・ウェインはなぜ死んだか」を読みました。肥田舜太郎さんの著書も調べましたが当時(20年以上前)は多分なかったと思います。こうして福島を危惧する動画で肉声を聞けて嬉しいような悲しいような複雑な気持ちになりましたが、このような体験者の話は残していかなければならないと強く思いました。

どのように捉えて解釈し考えるのかは人それぞれですが、知ることが大切だと思います。
知らないことは罪ではありませんが、知ろうとしないことは時には罪になると私は考えています。

ねぇ?野田首相?!
[PR]
by unsane001jp | 2012-06-17 22:06 | コラム | Comments(0)